残念ながらここに書きました事柄は嘘ではありません。 よく、私たちのところにイタリアで働いてみたいのですが、との御質問が寄せられましたので御参考にしていただけましたら幸いです。
実はイタリアは昔からヨーロッパでも一、二を争う程の失業率の高い国です。 大体、失業率は12-13%と言われており、現に私の知り合いの若いイタリア人でも2年程仕事を探してやっと見つけた、その見つけたのも市のごみ集めの仕事だった、などという状況です。 そのような厳しい労働状況の中、 外国人、とりわけ日本人と言えども例外ではなく、例えば英国を例に挙げますとロンドンにいる、英語を勉強しにきていた日本人学生が労働許可なく日本食レストランで働いていた時に英国法務省の外国人不法労働者一斉摘発にあい、結果、何人もの不法労働中の日本人学生が国外追放になった、というのはロンドンに住んでいる在留日本人なら誰でもが知っている話なのです。 さて、それでは当地イタリアはどうか、と言えば、まずイタリアの場合、英国と比べてイタリア人の失業率が比べ物にならない程異常に高く(これは失業保険も大きく関係しているのです。 英国は妥当な失業保険が支給されますがイタリアでは全く無いに等しい、と考えてください。 故に仕事の無いイタリアからはるばるロンドンに働きに行く若いイタリア人が私たちの以前の住まいの大家の息子を初めとして現在でもかなりいるのです)、故に日本人と言えども仕事をイタリアに見つけるのは非常に困難であり、例えもしあったとしてもよくて日本食レストランや日本人観光客向けのお店位にしか働き口がないのが現実です。 しかしながら其の働ける可能性のある日本食レストランですがその数自体があまり無く、更にはそういう飲食関係店での警察の不法滞在者の摘発等が時々ある為、結果としてリスクの少ない安全な仕事口である観光ガイドなどを潜りでしている人が多いというのがイタリアでの日本人の労働実状なのです(観光ガイドに対しては街中に於いての警察官のチェックが実質的に全く無い事による)。 その為日本人観光ガイドを手配する立場にある当地イタリアの数ある旅行代理店の中には、学生ヴィザでも一切問題無く働ける、と間違えて考えて(実際問題、実質的に街中での観光ガイドに対する警察官のチェックが無いゆえ問題無いとして)それらのエージェントは学生を観光ガイドとして使っていたりします。 が、これはれっきとした間違いでして実はイタリアでは学生ヴィザ(学生での滞在許可証)での正式な労働は禁止されているのです(学生ヴィザさえあれば問題無く働けてしまうなんていう事であれば、労働ヴィザの存在自体が無意味、という事になります)。 イタリアの場合、例えば英国のように学生ヴィザがあれば、週何十時間迄、というような制限付きで働ける、という条件にはなってはおりませんので学生ヴィザの所持者にも他国並みに制限付きで働かせてあげようではないか、という審議が国会に出されてはおりますが、何せ元々失業率が高く、移民を他国、特にアメリカ(に渡った移民がアメリカン・マフィアを作ったというのは有名な話です)や南米(母をたずねて三千里のマルコの話とかは皆さんご存知でしょう)、オーストラリアなどに出して何とか人減らしに人減らしを重ねてどうやら持ちこたえてきた国ですからただでさえもイタリア人の職を奪う事になる、となかなか反対意見が根強く審議は一向にはかどっておりません。 因みにもう、時効だと思いますのでばらしてしまいますが・・・ 以前、大手の某K日本ツーリスト社の添乗員さんから伺った話で実際にあったことだそうですが、ローマで彼女が引率していたグループに説明をしていた日本人ガイドがお客さんに説明していたところ,たまたま偶然イタリア警察官が近寄ってきたそうです。 そうしましたら・・・その日本人ガイドはお客さん全員を置き去りにして走って逃げてしまったそうでして。。。 勿論、労働許可がなかったからなのですが。 しかしまあ、こうなってくると本当になんともいえないお話ですが・・・ そんな訳でしてもし、皆さんがイタリアに観光パック旅行で行く事がございましたら、現地のガイドに尋ねてみて下さい。 正式な労働許可を持っている人は皆無に等しい、というのは本当の話で、この事は添乗員さんならほとんどの方が知っていらっしゃる事実なのです。 「私は音楽を(芸術を)イタリアに勉強にきています。 この国に4年も5年も住んでいます。」とかほとんどのイタリア現地の日本人ガイドは答えるはずです。 でもそうなりますと・・・ 「あなたは一体何の為にイタリアにいるのですか?」と尋ねてみたくなるのですが。 以上、いろいろとイタリアでの内輪話をばらしてしまいましたがイタリアでの生活はそんなに甘くはない、という事実、イタリアに憧れる気持ちはわかります、でもいろいろとその前に立ちはだかる厳しい現実があることをよくお知りおき下さい。 ここで話は変わりますが実はイタリアでは結婚さえしていればイタリア商業税番号(Partita IVA)無しで日本人はインヴォイスを出す仕事ができるかといいますと実はできないのです。 それは簡単な事でして例え結婚していて労働許可は取り敢えず問題ないとしましてもその仕事をして収入を得る、という事に関しては個人営業をしている、という発想になるからです。 故に私のような個人営業者でも大企業と同じイタリア商業税番号(Partita IVA)が仕事に対して必要になるのだそうです。 こんなに税金取ってどうするんだ!!! とまじめもんはつくづく泣きたくもなりますが実はイタリア人に言わせるとイタリアはヨーロッパでも第2位位に税金の高い国だそうです・・・ とほほほほ さて、所でこうなってきますと一体イタリア人の生活ってどうなのだろう、という素朴な疑問が出てくる事かと思います。 まずは大体の要点から。 生活費はとても高いです。 お家賃でも今、私たちが住んでおりますのは極々普通のミラノの外れのアパートですが中身はベッドルーム、居間、お風呂、台所、これだけです。 で、お家賃が幾らかといいますと・・・ 何と驚くなかれ月々750ユーロです。 円の変動によっても違いますが大体月々8万8千円相当(2002年時点)と考えて頂ければ良いかと思います。 東京23区内並みです! お断り致しておきますがこれは特に良い家ではありません。 60年代半ばに建てられた、極々普通のアパートなのです。 で、イタリア人の手取りのお給料は何と大体775ユーロ(大体8万9千円位と思ってください)から良くても1000ユーロなのです。 因みにミラノにある某大学の教授のお給料でさえ、手取りでわずかに1000ユーロ!! 日本じゃ大学教授は手取りで40万50万円は楽に貰っているというのに。。。 で、ボーナスは法律に基づいて出されますので基本的に一年間で1月分が出るだけです。 業種に依っては2ヶ月分出るところもありますがそれでもこれだけ! 更に日本のように交通費、皆勤手当て、家族手当て、などがお給料として全く出ないので交通費は当然自分持ち。 因みにそれではボーナスはどの位貰えるのでしょうか? 残念ながら日本のように夏と冬で夫々4-5ヶ月分ずつ貰える、という事はあり得ません。 実はイタリアの法律によりボーナスの支給額が決められているのです。 事務職、工務職、など職種によって支払い種類が別れていますが、1年間で1ヶ月分(1年間・12ヶ月で13か月分のお給料の支給=ボーナスは1月分)だけか、1年間で2ヶ月分(1年間・12ヶ月で14ヶ月分のお給料の支給=ボーナスは2月分)だけのボーナス支給のどちらかになっています。 つまり、どんなに良い仕事であっても1年間でボーナスを2ヶ月分以上貰えることは(法律で決まっているので)あり得ない訳です。 私自身も以前,某日系企業での採用の話がありましたが(95年)そちらでも手取りで1136ユーロ(220万リラ)でした。 現地採用のイタリア人のお給料と現地採用の日本人では両者の間に大きな格差をつけるわけにはいけない、との至極まっとうな理由により上記のような安価な手取り給を提示されました。 その次が輸出関係のミラノの会社です。 こちらはトマト関係製品の日本への輸出を行っていますがそこの提示額は775ユーロ(150万リラ)でした。 私の知人が某日系超有名企業のこちらの支社で現在事務職を致しておりますが彼女の手取りも1032ユーロ(200万リラ)です(11万8千円・2002年現在)。 日本では手取りで20万円取る人は女性でも珍しくない今日この頃ですが月に20万円相当も手取りで取れるイタリア人はイタリア全体を見渡しても本当に極わずか,一握りです。 その理由というのは、お給料には手取り金のほかに税金,年金などがかかり、それらを含めますと企業の支払い額は手取額の約倍になりますので企業としても手取額をあまり上げると財政がきつくなるのが本音というところからです。 一体こんな安いお給料で上記したような高いお家賃、どうやってイタリア人は暮らしているのか、と言いますと答えは簡単です。 生活が成り立たないので昔はイタリアといえばマンマの国(おかあちゃんの国)、大家族の国でしたが今ではとても生活が大変なので一人っ子がほとんどです。 ついでに言ってしまうとイタリアは、ヨーロッパで一番少子化の進んでいる国です。 でお金が無いから結婚できない、仕方が無いからいい大人が結婚ぎりぎりまで親と一緒に住んでいます。 で結婚はやっとお金がたまってから、大体男性で35歳、女性で30歳位が普通と考えてください(日本も晩婚化が進んできた、とは言いますがこの歳での結婚が普通になる事はまず無いでしょう・・・)。 そしてやっと結婚したら今度は今迄親と同居していた時分の貯金を使って家を買う訳です。 しかしお互い、やっと二人っきりになった訳でして其の二人っきりの誰にも邪魔をされない時間を大切にしたいのでまだ子供は作りません。 そんな結果としましてイタリア女性は初産が大体33-34歳なのですが・・・ 幾ら日本が初産が遅くなってきたとはいえここまでは行かないでしょう・・・ しかしこれはあくまで極一般的なカップルの例であってこういう風に共働きできるところはまだ良い訳ですが何せ繰り返しますが失業率の高い国の事、共働きしたくてもできないカップルが沢山います。 そんな人たちは仕方が無いので親に援助してもらったり(いい大人が、です!!)しているのです・・・ 「太陽の国、イタリア」 しかしみなさんが思っている程生活は楽ではありません。 因みにお給料ですがこれは基本的に入社したての人も働いて何十年の人もお給料にはほとんど違いが無く、いや、はっきり言ってしまいまして何も差がありません。 物価は上がりますが実質的にお給料は据え置きに等しい為にほとんど上がらないに等しいですし。 上記のガソリンの値段を良く見てください、何と高い事か! 一番安いディーゼルの軽油でさえもリッター77セント(1500リレ)もするんです! 更にガソリンは今、大体1リットル当たり1.03ユーロ(2000リレ)、一体日本とイタリアとどちらが「太陽の国」なのか??? 確かにリッター当たり100円(2000年現在の換算)以上ですがお給料にに照らし合わせて比較してみますとリッター当たり200円以上する感覚になります。 ここでよく下の写真を御覧ください、信じていただけないかもしれませんがイタリアは基本的に小さい車しか走っていないのです。 良く言われるのは日本の方がフェラーリが沢山走っているよ、という事です。 この理由は簡単で まず第一にイタリアは車が高い、日産のマーチ(日本では一番安いモデルが70万円台からあるはずですが)のエアコン無しの何にも付いていない車がだいたい8300ユーロ位から。 本田のシビックはなんと18000ユーロ位から。。。 これではBMWといい勝負。 そうです、イタリアではシビックは冗談抜きで高級車なのです。 こんな訳でまず車両価格が日本と比較にならないくらいめちゃくちゃ高いんです。 次にガソリン代が高過ぎる事! 上記の写真を見て頂ければ御納得頂けるでしょう。 当然小さいエンジンの車の方が燃費が良い訳です。 最後に車両価格に対しての収入が少な過ぎる事があります。 上記の手取りのお給料ではとても良い車、特に新車なんてまず手に入りません。 生活費に回すので手一杯です。 その結果、もし新車が買えるとしても小さい安い車にならざるを得ず、小さい車が売れるという事なのです。 確かに小さい車の方が駐車スペースが少なくて済むのでそういう実用的な面で、と書いている車雑誌もあります。 でもそれならこんなみんなだれしもかれしも「小さい車」にしか乗らない、いや、乗れない理由にはならないはずです。 更にこれらの理由以外にも中古車価格が全然落ちないという事実。 例えば日本なら信じられないかもしれませんが私の車は7年落ちでエアコン無し、16万キロも走った、日本ではもうとっくに解体屋さんものですがこれがなんと3880ユーロ(750万リレ)もするんです!! 下に写真を載せましたので見て見てください。 ひとつは小さい車ばっかの所をを上から撮ったもの、もうひとつはフィアット・プント(日産のマーチくらいの車だと思ってください)のタクシー、こんな小さな車でもタクシーとして走っているイタリア、大体小さすぎて人も荷物も乗らないし乗っても小さすぎて窮屈です。 市バスのストライキのあった日の駅で2人でスーツケースのあった人は「次のタクシーを待って!」とこのタクシーの運転手に断られているのを私は見てしまいました。。。 背景にも注目してください、小さい車ばかりでしょう??? 駅のタクシーもこのプントを含めて御覧のように小さい車(日本ではカローラサイズの車)ばかりです。 余談になりますがフランカが初めて日本に行きました時に目を丸くしてひとこと「日本はこんな狭い道ばかりなのに何でみんなこんなでかい車ばかり乗っているの(4WD車やらワンボックスやら2500ccもの排気量のセダンやら)、無駄よ無駄!!」 でついでに「しかもこんな巨大な車ばっかなのに乗っているのはほとんどひとりでよ!! 無駄よ、無駄!!」 ここで一言。。。 イタリアに来て住んでみたいな、と考えていらっしゃる方、はっきり言わせていただきますがイタリアで暮らしてみたい、という場合、どうやって生活して(稼いで)いくのか、はっきりしていない限りはイタリアではまともに生きてはいけない、と考えた方が良いでしょう。 まず、この上記の現状、この状態のイタリアでどうやって仕事を探しますか? 嘘だとお思いになられるのでしたらミラノのJETROをあたられると良いでしょう。 300名以上の日本人が「仕事を求めます」とリストに名を連ねているのです。。。 そのうち、実際に労働許可をお持ちの方はそのうちの極々ほんのわずか、それでも、その労働許可を持っているその方たちでさえも、仕事は全然見つからず、困ってられるのです。 大体、企業が人材を募集する時にはまず当たり前の事ながら労働許可の所持が最低条件になります。 だってそうでしょう? 労働許可を所持していないにも関わらず仕事を探している方はそれこそ、ごまん、といるのですから。。。 そうなりますと先ずどうやって労働許可を取りますか? そしてどうやって仕事を見つけますか??? いろいろな仕事がある、という国、日本に生まれた幸せをきっとイタリアで職探しされた時に実感される事と思います。 しかし、次に労働許可を持っていて仕事が見つかったとしましても果してこれでイタリアでまともに生きて行けるかどうか、はなはだ疑問です。 日本から数年の予定で派遣されてこられている方たちはともかくとしまして、最初に書いたことの繰り返しになりますが現地採用の日本人の場合、例え日系企業で採用されたとしましても現地のイタリア人との間のお給料に差をつける訳にはいかない為お給料は原地のイタリア人並み、せいぜい、手取りで1000ユーロ(約11万8千円)も取れれば御の字でなお且つサーヴィス残業は日本から派遣されて来られた方並み、という、両方の悪いとこ取り。 そこまで大変な思いをしながらこの安いお給料でアパートが月に750ユーロ、はっきり言いまして、何も残りません。 それでもいい、何でもいいからイタリアに住みたい、と言われるのであれば止めは致しません。 でも、もう一度繰り返しになりますが、何の為にイタリアに住みたいのか、もう一度考えてみてください。 日本での方が何十倍もまともな生活ができるのです。 老婆心ながら。。。 私はここに記載しました税金に関する記述などに関しては、イタリアの財務警察(日本の税務署に当たります)及び労働許可や滞在許可の発行を担当するイタリア警察へと赴いて確認を取ってきました。 どんな形であるにせよ、イタリアで正式に収入を得る者は個人営業の労働許可を取らないといけない、という事でした。 因みにイタリアの労働許可にも2種類ございましてひとつは単純にどこかの会社で雇われた人が貰う雇われた人用の一般労働許可(イタリアで労働許可を持っているという人のほぼ、ほとんどがこれです。 但し、これでは今、説明しましたように一般の個人営業はできません)、そしてもうひとつがほとんど取るのが不可能と言われている、私(酒井 博)が持っているような個人営業用の労働許可です。 そしてこの個人営業の労働許可を持っているだけでは実はまだ非合法でして、ここで更に個人営業税番号(日本の税務申請番号みたいな物ですね)を取得しなくてはならないのです。 但し、この個人営業税番号は先程記しましたように大苦労の末にやっと個人営業の労働許可を取って、その後やっと取得できるという、なかなか大変な代物でしかもその後毎年この税番号維持の為に莫大な出費が必要となり、また税理士にも月々莫大な手数料を払わなくてはならない為そこまでしてまじめに正規の個人開業の為にこれを取ろう、という人はまずおりません。 ですから例えばイタリアにある企業で一般採用された人たちがごく普通の一般採用従業員用の労働許可を持っていてこれで私も正規です、と本来なら個人開業労働許可が必要なのにも関わらずあたかもこの一般採用者用の労働許可が正規の個人営業用の労働許可のようなふりをしてイタリアの企業で働く傍ら(実際はもう既にお分かりのようにこれでは個人営業のヴィザではないので学生ヴィザ(滞在許可)を持っている人と何の変わりもないのですが・・・)不法と知りつつやっているのは個人営業の労働許可を取るのが非常に大変だからなのです。 しかしながらやっと個人営業用の労働許可を貰って税番号も貰って、これで全部終わりか、と言うと実はそうではないのです。 と言いますのも例えば学生で不法ながらも観光ガイドをしている人が多い、という話を前に致しましたが彼らは実は源泉徴収の20%だけ払えば、後は何も払う必要はないのです。 ところがこれが正規の個人開業主(例えば私みたいに)になりますとこの20%の源泉徴収の他に更に20%の消費税(仕事を買い取った、という発想でしょうね)、そして国民保険、年金、税理士への手数料、税務番号維持費等と結構、義務で払う物が多く学生が80%を手取りできるとすれば正規の(その分、信用も増すのですが)個人営業の労働許可を持っているガイドは手取りが何と30%位にしかならない、という惨澹たる物なのです。 また、日本では必要経費としていろいろな控除が認められていますがイタリアでは必要経費として認められる物が職種によってももちろん違いますが全般的に非常に少なくほとんど無きに等しいのです。 そしてそのやっと認められた物でさえ、例えばコンピューターを必要品として購入しましたとしてもそのコンピューター代全てが必要経費として認められる訳ではなく、そのコンピューター代金に含まれている20%の消費税内税分だけ、という非常に厳しいものとなっているのです。 更にその上、基本的にイタリアの消費税は日本の5%などというやさしい物ではなくほとんどの物品にかけられているのが20%という高い税率なのです。 そのようないろいろな事情があり、例えば個人営業しているイタリア人やまた、イタリア人を同伴者に持つ日本人の中にも税を回避する為に、実は絶対に必要である開業税番号を持たなくてはならないのを知りつつも持たないで事業をしている人も残念ながら多いのです。 又、こちらにイタリアの労働に関する朝日新聞(Asahi Com/記事の使用申請済みです)の記事を付けてみました。 是非ご覧ください。 なおこの記事は1998年の新聞記事ですが、それから19年経った2017年7月の別ニュースの記事も追加致しました。 イタリアは20年経っても全く状況は変わっていない、という事実に驚かれるかと思います。 補足 この文章は1998年にこのサイト Made in Italy を立ち上げた時に掲載いたしました。 その後、年月が経つにつれて、一部変更になった部分などもございます。 例えば、単位がリラからユーロになったり、学生の労働について、などです。 今回、単位をユーロに変更すると同時に一部、補足をここに追加致しました。 現在、学生の労働は週辺りの時間制限付きで認可されています。 しかし基本的な、「仕事が見つかるか?」という部分については「かなり難しい」という状況は現在も全く変わってはいません。 また、一部、その後、「イタリアでは昇給がある」という声も戴きました。 しかしこの場合の昇給とは 「物価上昇に合わせた給料の上乗せ」 と、 「基本料の引き上げ」 の二つの意味があると思います。 イタリアでは前者の 「物価上昇に合わせた給料の上乗せ」 についてはIstatの査定に基づいて行われます。 しかし日本のように「ベースアップで幾ら」というような給料そのもの自体の引き上げはまず行われる事はありません。 夢を持ってイタリアに来られる方に水を差す気持ちはありませんがイタリアの現実、という物はそれほど甘くはない、つまり、皆さんが考えられているような 「日本のお給料(をそのままユーロに換算したもの)」 で 「日本のように(贅沢を言わなければ)仕事は割と簡単に見つかる」 という事はありえない、と考えてください。 2002年4月追記 追記 このMade in Italyを立ち上げて早くも6年近くが経ちました。 この間に世の中の状況も大きく変わってきました。 この間に私たちはイタリア・ミラノ発の月刊Web雑誌 あもーれ・みぃお を発行し、イタリア発の本音の情報サイトとして沢山の皆様のご支援をもって大きく育ってきました。 そんなあもーれ・みぃおに以下のような投書がきました。 かなりイタリアの本質をついたご質問だと思われますので以下に掲載、そして私から、更にシチリア島・カターニァにお住まいの のだ ななえ さんからの回答を続けて掲載したいと思います。 御参考にされてください。
以下は私から由美さんへの回答です。
そして以下、のだ ななえさんからのご回答です。
最後に由美さんからご返事をご紹介致しします。
イタリアはユーロになってからとにかく物価がとても上昇しました。 一番の変動は家の価格でしょう。 イタリアは日本と違って(日本は築後30年程で立て替えるので竣工と同時に家の価格が下落しますが)どんどん家の価格が上昇していきます。 新築の家の価格の方が安価な位です。 2004年3月現在、ミラノ市西部で築後40年ほどの鉄筋コンクリート製の45へーベーほどのアパートの場合(当然駐車場などなし、単にアパートだけの価格)約200.000ユーロほど(約2700万円ほど)もします。 はっきり言って東京の家(マンション)の方が安いくらいです。 また車は中古車価格の値段が全く落ちませんので10万キロも走った車などまだまだ「新車同然」的に扱われます。 車についてはこういう考え方も出来るでしょう。 まず、日本では「手取りで20万円」ほど取るのは難しくはありません。 そして新車であれば例えば日産のマーチなどの場合、エアコン付きのお買い得仕様で80万円ほどから実際に売られています。 この場合、お給料4ヶ月から4ヵ月半相当で新車が購入できる、と考えることができます。 対してイタリアです。 手取りで800ユーロから900ユーロが良いところです。 そして新車のマーチのエアコン付きの場合、イタリアでは絶対に日本のような「お買い得仕様」というものは存在しませんのでとりあえずは一番安いグレードで考えます。 そうしますと約9000ユーロ程度はします。 この場合、手取りのお給料の約10ヶ月分と考えることが出来ます。 日本では新車を手に入れるのに約4ヶ月ほど働く、対してイタリアでは10ヶ月も働く。 当然、生活費なども別途かかってきますので実際にはこうはいきませんがわかりやすい比較にはなると思います。 また、滞在許可についても大分状況は変わってきました。 以前、2000年頃までは「学生の滞在許可」から「労働の滞在許可」に切り替えることは絶対に不可能でしたが最近は条件さえ揃えば労働が取れるようになりました。 それに伴って「自営業」の滞在許可の取得も以前のように不可能ではなく、取得ができるようになりました。 しかし、「取れる」ということと「生きていける」ということは全く別の事柄です。 あなたは「イタリアで何が出来ますか?」 繰り返しますが、イタリアに住んでいる日本人はごまんといます。 その中で「日本人だから」できる仕事というのはほとんどありません。 英国などでは「労働許可さえもっていれば日本人の仕事は幾らでもある」という状況ですが、残念ながらイタリアはそうではありません。 日本人だから、という理由だけで雇ってくれるところは限りなく少ないのです。 そんな中で、失業率の高いイタリアの中で、イタリア人と対等に、そして沢山のアルバニア人やアラブ人、そして旧共産圏の国から来た移民などに混じって、やっと「仕事」を探したとしても、果たしてあなたは「そのお給料」で一体、生きていけるのでしょうか? 私が考える「イタリアで成功した人」というのは決して豪邸を建てた人ではないと思っています。 「明日の生活の費用がある人」「来月のお家賃を払うのに困らない人」そして「家族がとりあえずは食べていける生活が出来る人」のことだと考えています。 日本では当たり前、のことでしょう。 しかしイタリアでは決してそうではありません。 「来月のお家賃、どうやって払おう・・・」と悩まずに「家族が暮らしていける(生きていける)だけのお給料を手にすることができる人」というのが「イタリアで成功した人」だと本当に思っています。 2004年3月追記 このサイトを立ち上げてから、このページを見ていろいろな方から反応をいただきました。 イタリアでの生活の大変さは「給料の問題」だけには留まりません。 「何がなんでも絶対に自分が正しい」と思い込み、他人の話は全く聞かずに自分の言いたい事だけを言う、本人は悪気がないのでしょうが平気で人種差別的発言をする、そしてそれを周りも止めない、自分がやらなくてはいけない(担当の)仕事そのものができない人のなんと多いことか、またそのことをこちらが指摘すると逆切れする、通話中であってもイタリア人は「こりゃ面倒だ」と思ったら勝手に一方的に電話を突然切る、決してなにがあっても絶対に謝らず悪びれもしないでしゃあしゃあと言い訳ばかりしている、言うことを毎回ころころと変えるし同じ受け付け窓口であってもそれぞれの人間によって言うことが全部違う、そういった「自分さえ良ければよい」「自分が正しい」「間違ったと思っていないから絶対に謝らない」「やるべきこともできない」という態度をとる圧倒的大多数のイタリア人の中で暮らしていかなくてはいけない。 つまり、「イタリア人自体」がいろいろな意味でいろいろな問題なのです。 そしてそれがイタリアで生きていくのにあたって、毎日のものすごいストレスになっているのです。 しかしその話はここでは割愛いたしましょう。 参考・私の信じられない実体験の一例 以下のようなお便りを数日前にいただきました。 御本人のご希望でお名前と所在地は変更の上、伏せてありますがイタリアに住んでの生の声、ありがたく読ませていただきました。
このメールを読ませていただいて、きっと欧州各地からの人を相手にしていたのでいろいろと大変だったでしょう、特にフランス人はイタリア人とあまり変わらないよ、ということは聞いたのですがどうでしたでしょう? といった内容の返信を出させていただきましたところ、ありがたくご返事を再度いただきました。
いろいろなことがイタリアではあるでしょう。 しかしイタリアに住んでいる、とは言っても語学学校や声楽などで学生として「留学(長期を含む)して住んでいる」と「実際に労働して暮らす」とでは、同じ「イタリアに住んでいる」であっても実は大きな違いがあります。 また「日本からの派遣組(駐在組)」として暮らしていくのと「現地組」とではさらに大きな違いがあるのです。 そして観光でいらっしゃったとなると本当にイタリアのよいところだけしか見えないのです。 イタリアに住みたい、という方に水を差す気はありませんがこれだけの覚悟がないとこの国では生きていけない、まともな神経の持ち主では生きていけない、ということをいつかあなたがイタリアに住まれたらおわかりになられる時がくるかと思います。 日本での常識はイタリアでの常識ではないのです。 世界の常識はイタリアでの常識ではないのです。 イタリア人というのは本当に「井戸の中の蛙」、だとよくわかることかと思います。 イタリアで弁護士の彼や社長の息子と知り合って結婚してヴァカンス三昧、という方々も存じ上げておりますし、逆に無職の彼と知り合ってふたりでつつましく生きていらっしゃる、という方も私は存じております。 ですので「イタリアで暮らしていくのは絶対に不可能」とは言いません。 上記のように運もあるでしょう。 しかしイタリアで生きていくのは全てにおいて本当に大変、ということだけはイタリアで暮らされる方には共通の気持ちなのです。 2005年5月追記 私も今年の3月で40歳になりました。 イタリアで生活していく、ということは日々、これ戦いの連続になります。 2006年5月にいきなり私にふりかかった実話は以下の通りです。 |
イタリアは信じられない事、わけのわからないことが幾らでもあり、それがまかり通ってしまう国だということです。
私に今年、2006年の4月に突然、20日以内に2001年分の追加徴税として4985ユーロの税金を払え、という命令がきました。 これはどういうことかといいますと、イタリア国は、かなり高額な「各年での個人の年収入予定」というものを作っています。 そしてそれに達しない正式な自営業者(私はその一人になります)は、イタリア国から「あなたはその年の収入が達していなかったから罰金」という理由により、有無を言わさずいきなりこのように追加徴収が5年もたってからきた、いうことでした。 しかもその支払わなくてはいけない税金金額が半端ではない、5000ユーロ、ということ。 つまり日本円に直して80万円も来た、ということなのです。 「その年齢の男性であればこれだけの収入が」とイタリアが勝手に想定してきて、それに達していなかった私は罰金税金として「消費税込み」で4985ユーロ、こんな馬鹿なことがありますか?
そんな「予定」は国が勝手に決めているもので、私には関係がありません。 そもそも私はきちんとかなりの金額の税金を払っています。 しかしそれでもその税金では少ない、とイタリアの国は言うわけです。 よって「イタリアに生活している人たち」であっても私と異なり、もぐりの仕事だけをされている方たち(そのような日本人の方もかなりの数、おります)は、このような追加徴収を受けることはないわけです。 つまり、私はそういった方たちが支払わなかった、国にとっては足りない税金をなぜか尻拭いのために払わされた、というわけです。
このような理不尽がまかりとおるのがイタリア。 そしてこれを20日(週の労働日ではなく、命令書が発行された日から数えて、つまり実質的には4週間)以内に払えなければ今度は強制的に裁判所行きになります。 そして今度は裁判として、莫大な出費が待っている、支払う、支払わない、支払えない、どちらに転んでも出費は痛い。 よって「イタリアはいいところですよ~」とだけ言われていらっしゃるイタリアご在住の方は、まず間違いなく正規ではないお仕事のみをされている関係で、このような高額の税金を支払われることもないため、良い事のみを言われているわけです。
2001年以前の税金はなかったのになぜいきなり2001年の税金だといって5年も経ってから突然きて、それも80万円20日以内に支払え、支払わないと裁判所、もし来年も2002年分が来たら・・・・? こんなもの、毎年分払うことできる訳ないでしょうが!
イタリア在住の現実ってかなり厳しい、ということです。
2006年5月追記
月日の経つのは本当に早いもので、上記の記載をしてからはやもう10年もの月日が流れてしまいました。
2005年に40歳になりました、と追加で記述を行ってから更に丁度10年が経ち、公私ともに本当にいろいろな経験がありました。
このサイトを立ち上げましたのは1998年ですからちょうど、私が33歳の時です。
その私も先日、50歳になってしまい、正直、自分自身が現実についていけてないような気がいたします。
本来、ここにはイタリアの労働許可について、またイタリアでの労働状況について、を記述しておくつもりでした。
それがいつの間にか、「イタリアの生活の厳しさ」について言及する場となりました。
先に申し上げておきますが、「イタリアと日本、どちらが優れているか」という質問にたいしては「どちらにもそれぞれ良いところがある」と回答できるかと思います。 但し、インフラ面、そして警察に関しては圧倒的に日本に軍配があがります。 日本では「警察は世の規範」(公器)としての機能も果たしています。 しかし残念ながイタリアには、それはありません。
余りにもイタリアではいろいろなことが有り過ぎて全部の記述はできませんが、たとえば
・ 交差点の左折禁止(日本での交差点での右折禁止に相当)において、左折のウインカーを出している車の後ろにパトカーが同様に左折のウィンカーを出して信号待ちをしていました。 信号が青に変わったら二台ともそのまま曲がって行ってしまった。 取り締まりは無きに等しいです。
・ 同様に交通事故で渋滞して動かない高速道路の路側帯を走っていくマナーの悪い車の後ろからパトカーがくっついて走っていきます。 前の「違反車両」は停めません。 そのまま何台もパトカーの後から一般車両が走っていくのを見ました。 ちなみにイタリアでも路側帯を走るのは違反です。
・ イタリアでは昔、50ccはノーヘルで走ることができました。 しかし二人乗りは昔から禁止です。 赤信号で二人乗りをしている50ccの後ろにパトカーが停まりました。 しかし何にもしません。 私が歩道からその旨、指摘しましたら「取り締まるかどうかは自分が決める」と言って何もしませんでした
・ 一方通行を逆行してきた車がありました。 こちらからの方向の車はみな、私を先頭に渋滞です。 たまたま、そこに徒歩の警察官がきました。 この逆行車両を何とかしてほしい、と言いましたところ返ってきた返事は「君は警官かね? 違うのだろう? だったら私に命令する権利はない」 そして逆行車両に対して「ここから出て行くように」とだけ言って、そのまま彼はどこかに行ってしまいました。 私は呆れ果ててしまいました。
・ 緊急走行ではないパトカー(サイレンもパトランプもなにもつけていませんでした)が、横断歩道を渡っていた私の直前、30-50cmほどの手前をぎりぎりにすり抜けていきました。 はねられそうになって、怖い思いをしたので(ほとんどパトカーのタイヤが私の足を踏みつけるギリギリでした)抗議の電話を警察にかけました時「怪我をしたのか?」と尋ねられ、「いや、していないけど、身がすくんだ」と申しましたところ「怪我しなかったならば、よかった」と言って電話を一方的に切られてしまいました。 繰り返します、普通のパトカーです。 というか、そういう運転をするものではありません。 警察が「公器」として機能していない実例です。
・ どんなに大きな事件でも基本的に警察は何もしてくれません。 私がその頃、倉庫代わりに借りていた車庫に泥棒が入り、中の10,000Euro相当(当時の換算額でおよそ160万円)相当の盗難被害にあった時にも、私はただ警察に赴き、被害届を出して終わり、でした。 指紋など一切、取りには来てくれません。
・ 次の実話は2015年2月に私のミラノの友人に起こった事件です。 イタリアでは個人がクレジットカードを持つことは基本的にありません。 それは何の機能もついていないただのクレカであっても年会費70-80Euroは取られるからです。 もちろん、ポイントも何もつきません。 そのためクレカの代わりにBancomatを持っているのです(Bancomatの年会費は15Euro程度)。 但し最近はイタリア国外での支払いやオンラインの支払いのためにクレカではなくプリペイド・クレカが発達してきました。 よって一般的にはこのイタリアの銀行発行のBancomat(キャッシュカード兼デビッドカード)をスーパーの買い物などの、日常の支払いに使用するのが一般的です。 このBancomatですがマイクロチップが埋め込まれており、簡単には偽造できない仕組みです。 また5桁の暗証番号は各人に強制的に銀行が送りつけてくるものを使用しなくてはならず、自分の好みの番号に変更することは一切できません。
このBancomatを友人は日本に行った際に持って行ったそうですが、その間に偽造されたと思しき、彼のBancomatがミラノのバール(立ち飲みカフェ)で深夜24時に250Euro使用されて支払われていた、とのこと。 このカードは直ぐにブロックされた、とのことであり、彼が日本にいた、という証明のパスポートを持ち、なおかつ、飛行機のチケットを持って銀行に赴いた際にも「審査のうえ、返金するかどうか決めます」とのことです。 日本のように簡単にはいきません。 また、この旨につき、イタリアの警察に被害届を出すように銀行から指示され、向かったところ、ただの被害届の受け付けだけであり、特にバールの防犯カメラを調べたり、ということは一切しなかった、とのこと。 もっとも最早それがイタリアでは一般的であり、警察はあくまで「被害届を受け付けるだけの場」と化しているのは事実です。 ただ、どのようにしてこのマイクロチップの複製や誰も知らない彼のカードの5桁の暗証番号を犯人たちは知ったのか? については皆目想像もつきません。
次に一般的な事象について記載してみましょう。 検索してみますとよく、イタリア生活を華々しく書いているブログがありますが、イタリアの生活は本当に日本の常識の範囲から超えています。 まず間違いなく言えるのは、それらの「イタリアの生活ライフを華々しく書いているイタリア在住者のブログ」には何かしらある、ということです。 つまり、「良いところも悪いところもあって当たり前」なのが、「良いところしか書いてない」のは、つまり、「そういうこと」(おそらくアフィ目的)なのでしょう。
私がイタリアで自宅を購入する契約をした時の話です。
まず2002年に契約を執り行い、2年後の2004年に完成、という話でした。 5階建てのマンション(総世帯数50戸)一棟を更地に立てるのに2年かかる、というのも納得いきませんでしたが(遥か昔のパリのエッフェル塔でさえも完成までに2年もかかっていませんよ!)とりあえず契約は行いました。 しかし実際に完成して入居できたのは2007年でした。 完成までまるまる5年かかりました。 その間、本来2004年に完成していたら支払う必要のなかったアパートの賃貸費用などを請求いたしました。 月々およそ700Euro(当時の換算レートでおよそ月々10万円の家賃です。 キッチンと寝室、お風呂だけの築後50年の、ただの二間のアパートですがミラノではこの金額が普通です)700x12x3=25200Euro(当時の換算で366万円!)の出費になったわけです。 しかしこれについての返金はありませんでした。 理由は「不可抗力だったから」 弁護士に相談しましたが、建築会社が不可抗力、と言ったらなすすべはない、とのことでした。 また、ちなみに入居までの期間に万が一、建築会社が倒産した場合にはそれまでに振り込んだお金は全てパーとなります。 これも日本では消費者保護の観点から信じられないことです(ようやく最近イタリアもその点について法改正が行われたようですが、あまりにも遅すぎます)。
そして2007年に入居してから直ぐに家の権利書がもらえるものかと思っておりましたら全くもらえませんでした。 これは私の家のケースですが、私が契約を行った建築会社と実際に工事を執り行った施工会社との間で支払いについて揉めたらしく(その事実説明もありませんでした)、それが確定するまでは「住んではいるけど権利証がない」という状態でした。 それが2年間も続きました。 2年後、やっと権利証が渡される、ということでしたが、ここで予期せぬ事態が発生いたしました。 私のイメージでは権利証の引き渡しからローンがスタートする、と考えていました。 しかし実際はそうではなかったのです。 つまり、2年前に既にローンは始まっており、権利証を受け取った瞬間に2年分のローンを一括で支払うように求められたのです。 それだけではありません! 上記のように私は2年ローンが遅れてスタートし、2年遅れてローンが終了する、と思ったのですが、なんと「この権利書なく住んでいた2年間の分についての月々の金利分を建築会社に支払え」という命令がいきなり、きたのです。 つまり、建築会社は銀行からお金を借りて工事をしているわけで、この2年間分の「建築会社と施工会社で揉めていた間」にも月々の銀行金利が建築会社にかかっており、それらをアパートの住人、各人が頭割りで支払うように、というのです。 「建築会社と施工会社のもめごと」で権利証が渡されなかったわけで、つまり権利証をきちんと先にいただいていたら私たちはこんな無駄な金利を支払う必要はありません。 というか、これは全て建築会社のミスです。 しかしそうはいかないのがイタリア。 2年間の金利、しっかりと18万ユーロ(約300万円)の支払いを私はさせられました。 信じられますか?? まだこれで終わりません。 この金利は「ローンに組み込めますか?」との質問には「できません。 既にローンは家そのものについての契約となっており、この金利は想定外だからです」「それならば、この金利分は家の金額に含めることはできるのですよね?」との質問には「いいえ、できません。 これは家の価値とは全く無関係のものだからです」 はやい話が家のローン(家の金額)とは別に追加で無駄カネ300万円を建築会社のために支払え、と。 支払わなかったら権利証は渡さない、と。
ちなみに。 家の契約を行った際にローンについても話をしたのですが、イタリアでは変動金利と固定金利がありましたが、変動金利では突然高くなる、ということであり、多少は当時安かったのですがそれでも年利5.5%ほどでした。 私が選択したのは固定金利ですがそれでも年利6.5%ほどとなっています。 日本の金利が1%未満、などと聞くと驚いてしまいます。 もっとおかしいのは、日本ではローンの乗り換えができますがイタリアではそれが基本的にできません。 する場合には弁護士などに多額の支払いが必要になってきますので(最低でも100万円単位)一般的ではありません。 また繰り上げ返済を検討してもそれは全く意味がありません。 繰り上げても支払う金額は同一、です。 日本がいかに良くできているか、おわかりいただけましたでしょうか?
そして私が現在支払っているローンの約半分が金利です。 金額は明示いたしませんが、明細を取り寄せてその中身を見た時に一瞬、頭が痛くなりました。 有り得ない金利です。 一切、消費者保護がない国、イタリアです。 この国で暮らしていますと何があっても驚かなくなります。 事実を書き連ねるとただのイタリアの悪口になってしまいますので詳細は控えますが、それがこの国の現実です。
続けて。 このページに「2006年6月 追記」の記述を行った後、そして私が自宅に住み始めてしばらくたった時のことです。 2007年の話です。 いきなり、イタリアの税務署から私の新居の差し押さえ通知がきました。 意味が全くわからず、出かけて行って話を聞いてみました。 すると税務署が私に宛てて5年前に発送した通知が(そんなこと、今更いわれても・・・)何通かあり、それらはイタリアの税務署が勝手に「私の仕事ならばこの位の収入を得ているはずだ、だからこの税務署の計算どおりに支払え」が全て有効化されており、それらの支払い分だというのです。 ちょっと待ってください。 まず、そもそも「税務署が勝手に計算して送りつけてきた」というところがまずおかしいのです。 私は税理士にきちんと支払い、税理士の指示通りに全てインヴォイスを上げて支払うべき金額をきちん、と支払っておりました。 しかしそれは一切無視し、イタリアの税務署は「自分たちはこう計算したからこれが正しい、だから支払え」と5年前に送ってきたらしい、のです。 らしい、というのは私はそれらの手紙を持っておりませんでしたので。 というか、見つけることができませんでした。 なお、イタリアの法律によれば、税務署が発送したこれらの催促状は相手が受け取りを拒否しようが、返送されてこようが、相手が出頭してこなかろうが、発送から3ヶ月経つと全て、自動的に「有効」になってしまう、とのことです。 おかしくはありませんか? 「普通の国」ならば、「相手が受け取らず返送されてきた」や「相手が出頭してこない」ならば、何度か催促状を発送し、最終的に何らかの法的処置を取るべきです。 しかし、イタリアは違います。 勝手に計算しておくりつけてきて、相手が受け取らなかろうが、出頭してこなかろうが、3ヶ月経てば自動的に全て有効化されてしまいます。 もちろん、相手の知らないところで。 しかもそれらが年利8.5%という暴利で年々、全く本人の知らないところで加算されていきます。 つまり、私はまるで潜水艦の浮上のごとく、「いきなり支払い通知がきて、それが半端ではない金額であった」という事態に遭遇したわけです。 それまで私には一切、通知は来ませんでした。 つまりイタリアの税務署にしてみれば、長くほおっておけば置くほど金利がつくので有利、となるのでしょう。 しかし夢にも思わなかった当の本人はびっくり仰天、です。 しかもたちが悪いことには、例えば日本で「差し押さえ」と言ったら「支払い金額分の差し押さえ」となります。 イタリアは違います。 「支払い金額分の倍を差し押さえ」となります。
意味が全くわからないでしょうね。 つまり、私のところにある日いきなり、50000Euro(当時の換算レートで725万円相当)の支払い通知がきました。 しかし、家の差し押さえは倍の1450万円分を差し押さえる、という通知でもあったのです。 これはイタリアの税務署の差し押さえ分と実際に差し押さえを代執行して執り行うイタリアの差し押さえ会社の分、ということでなぜか、支払い金額が2倍になっている、という通知だったのです。 ある日突然、あなたの家が思いもかけずに差し押さえ通知がきて1450万円払え、とあったら一体、あなたはどういたしますか???
ちなみにこのような件は私に限ったことではありません。 私が懇意にしているイタリアの修理工場の方も地方に出かけて行った際に路駐しておいたら1年ほど経って罰金支払い命令がきたそうですが、それがきちんと金利加算されていた、とのこと。 当の本人はその駐車違反切符をもらっておらず、おそらく、ワイパーにはさまれていた違反切符(日本のようにはがれないステッカーではありません)を誰かが持って行ってしまったか、風で飛ばされてしまったか、とにかく本人は違反切符が切られた、ということさえ全く知らなかったのです。 それがある日突然、金利が加算された結果、驚くような金額になってしまっていた罰金の支払い請求書がきた、という次第です。 つまり、自分の知らないところで勝手に物事が進められている、というのが怖いのです。 ちなみに私の伴侶のフランカも別件になりますが、同様な例でとても苦労しています。
次にイタリアの医療について少しお話いたしましょう。
例えばイタリアではレントゲン一枚撮ってもらうのに最低でも初診から2週間から3週間かかる、ということ。
イタリアでは全てホームドクター制になっており、まず、たとえば「体調が悪い」となるとかかりつけのホームドクターのところに向かい、そこの診察室で1時間半から2時間は待たされます。 次にドクターが「じゃあ、レントゲンを撮ってみましょう」となると、今度はホームドクターに「その旨の用紙」を発行してもらい、今度はイタリアの健康局に電話をして空きのあるレントゲン時間を教えてもらいます。 たいていは1週間後、などです。 そして25Euro(約3500円!!)を支払ってレントゲンを撮ってもらってからまた数日から1週間してからそれを取りにいかなくてはなりません。 同日中には引き取れません。 次にこのレントゲン写真を持ってまたホームドクターのところに行き、数時間待つ羽目になります。 結果、「じゃ、この治療が必要ね」となるとまた「その旨の用紙」を発行してもらい、専門的な機関にいくことになります。 ただ、それが基本的には3-4ヶ月先にしか空きがありません。 どんなに早くて運が良くても最低1ヶ月から2か月先にしか空きはありません。 それも「空いている時間」なので時間指定などはできません。 なのでたいてい、一つを行うのに数か月から一年単位となります。 もっとひどい例もありますが長くなりますのでここでは割愛いたします。 とりあえず上記のように、イタリアでは医療制度がホームドクターにかかる分はただ、ではありますがそれ以降に関してはやたらとお金が取られていきます。 なのでイタリアでは薬局で買える薬で治るものはなるべく薬で治そうとします。
イタリアの医療制度は日本のように、医者にいけばすぐに診てもらえる、というものではありません。 以前「日本では2時間待ちの5分診療というのが問題」と聞きましたが、正直、イタリアの医療の実情にくらべたらそれは比較にもならないレヴェルです。 また手術にしてもイタリアの場合、基本的に手術は無料であるため、国の医療予算が決められており、年間に手術できる人数が結果的に決まってしまいます。 例えばフランカの場合、ひざの軟骨がぼろぼろになってしまったため、手術しましたがこの順番待ちに約8ヶ月かかりました。次に反対の足の手術には更にその後に9ヶ月待つ羽目に(両方一度には手術できないため、片方が完治してから再度予約を取らなくてはならないため)。 両足を完了するまでに2年かかるというのはどういうことなのか? 幾ら手術費が無料とはいえ、これはひどい。 日本のように一部負担の医療制度の方がよほどきちんと機能していると考えます。 ちなみにこれはまだまだ一例です。 彼女が網膜剥離にかかった際には・・・ なお、手術の順番を待っている間にその手術が間に合わず、亡くなられた方もおりますので笑い話では絶対に済みません!!!
私の伴侶のフランカの実例をここでひとつ、上げてみましょう。
ある年の12月24日の夜。 この日はクリスマス・イヴでした。 イタリアではちょうどクリスマス・イヴが日本の大みそかと同じイメージとなります。 この日、夜彼女が突然「目の前が暗くてよく見えない」と言いました。 夜の10時頃でしたが、何か目に不具合があるとなると、最悪失明の危険性があります。 急いで最寄りの救急病院を探しましたところ、およそ10kmほども離れた、ミラノ中央駅近くの病院が該当する、ということで急いで行きました。 救急外来を訪ね、状況を説明し、そのまま、診療してもらうために約2時間、待たされました。 既に真夜中を廻っています。 私たちの他には誰も待っている人はいませんでした。 それでも2時間、待たされました。 ここはイタリアです。 日本と同じことを望むのは不可能だとわかっています。 そしてやっと見てもらえることになり、彼女は中に入っていきました。 それから約20分ほどして出てきました。 どうやら網膜剥離の可能性がとても高い、とのこと。 ただ、正式な診断をしてもらうためには眼科のある病院にいかなくてはならない、ということでこの救急外来の医師に書いてもらった診断票をもって翌日、12月25日にミラノには眼科病院がなかったため、約35kmほど離れた眼科病院に行くことになりました。 その前に予約の電話をいれなくてはならず、なかなか繋がりませんでしたがなんとか事情を説明し、翌日特別に見てもらえることになりました。 次の日に彼女を連れてその眼科の病院に行き、予約してあるにも関わらず予約時間を1時間ほど超過して待ちました。 最終的に判断されたのは網膜剥離でした。 しかし、直ぐに手術をしなくては完全失明の危険性がある、ということでしたが「直ぐに手術の予約が取れない」ということでなんと3日後に手術、と決まってしまったのです。 それが「手術のできる一番近い日」だったからです。 しかし病院に行って診察を受けたその日に、彼女は完全に失明してしまいました。 全く片目が見えなくなってしまいました。 私がいかに驚き、悲しみ、心配したか、ご想像いただけますでしょうか。 そして手術の当日、なんとか手術を済ませて自宅にそのまま戻ってきました。 イタリアは基本的にどんなに大きな手術でも即日か翌日には病院のベッドを空けて自宅に戻らなくてはなりません。 これも「医療費削減」のためです。 日本のように良くなるまで病院にいる、ということはありません。 本当に必要最低限の日数しか病院にいることはできません。 それからしばらくして包帯をとることになり、手術は成功した、ということで一安心しました。 しかしそれからわずか1か月後。 また「目の前がおかしい」ということで苦労してアポを取ってその病院に行くことになりました。 結果は「網膜剥離の再発」でした。 前回、レーザーで剥がれた網膜を貼り付けた、ということだったらしいのですが、それがまた剥がれてしまった、というのです。 よって再度手術をすることになりました。 そもそも、日本でこのような手術の失敗は有り得ないことだと思われます。 もちろん、病院側からは謝罪もなにもありません。 そして今度はまた日数がたって翌週にしか手術の空き枠がないということでした。 この二回目の手術では目の中に油を入れて固定する、という手術だったようです。 そしてその手術がたってしばらくしてからこの目の中の油を抜く、という手術をまたおこなうことになりました。 それらが済み、それから定期的に病院に通うことになりました。 繰り返しますが、ミラノ市内から約35kmも離れたところです。 私が送っていけない場合には最寄りの駅からもバスに乗って行かなくてはいけないため、通うにも一苦労の場所でした。 しかしここでまた問題がありました。 彼女が定期的に診断に通うにあたり、毎回担当医が異なるのです。 つまり、同日同時間に毎回、複数名の眼科医がおり、待ち患者はそれぞれ、その瞬間に手が空いた医師のところに順番に廻される、という状況でした。 結果、彼女は毎回、行く度にその時にたまたま担当になった医師に同じ説明を繰り返し、しなくてはなりませんでした。 幾ら電子カルテがあると言っても、状況や不具合、目のかゆみ、などはカルテに全て書かれるわけではなく、また毎回新しい不具合がおこり彼女はそれらを相談したかったのですが、毎回医師が異なり、また医師によって言う事もことなり、最終的に彼女は誰のいうことを信じたらよいのかわからなくなった、と言っておりました。 これが毎回同じ医師ならば、ということになり、たまたまその病院でとても親身でなおかつ適切なアドヴァイスをしてくれた医師のお名前を伺ったところ、他の日にはミラノ市内の私立クリニックで勤務されている、ということで彼女は個人的に通うことになりました。 但し問題はその金額です。 それまで通っていた公立病院では一回あたり25Euro(当時の換算レートで3500円ほど)ほどを毎回支払わされていましたが、私立クリニックでは毎回120Euro(当時の換算レートで16800円ほど)も払うことになってしまいました。 正直、とても厳しかったと言っています。 しかし「完全失明したらもうつらいから頑張って払った」と言っています。 日本の公立病院で眼科ならば、少なくとも2名程度であり、また曜日ごとに交代となっているでしょうから、毎回、希望すれば同じ眼科医とお話をすることは可能です。 しかし上記のようにイタリアでは「同じ医師を希望」しても「空き順だからだめ」と断られてしまい、同じ医師にかかることは不可能です。
私が食中毒で緊急搬送で救急車で病院の救急外来に運ばれてきた時には一晩中(夜の9時から翌朝の8時まで)廊下のストレッチャーの上に寝かされていました。 点滴も注射もなく、医者も看護婦も来ず、ただ、ただ、げーげー苦しくて七転八倒してました。 誰もこなかったですね。 救急車に運ばれる際にも日本のような担架ではなく、両脇を抱えられて引きずられていきました。 フランカは私が病院の廊下で寝かされていたその間、一晩中ずっと待合室で待っていたそうですが、中に入れてももらえず、私の容態も伝えられることもなく、一晩中、一睡もできずにずっと長椅子で待っていたとのことでした。 まだありますが、書いていると段々怒りがこみ上げてきますのでこの辺りで。
ついでに書きますとイタリアでは歯に関しては基本的に一切、保険は利きません。 各人、高い治療費を支払っています。
私に限らず、イタリアに長い人はイタリアに対して批判的です。 それは上記のように「国として機能していない」ということが根本的な原因です。 それも無理が通れば、で理不尽極まりないことばかりあるから、です。 せめてそれに対してきちんと論理的に対処があればよいのですが、イタリアはこの文章の通りになかなか、「インフラ、そして国家として」きちんと機能していないのは事実です。 ただし、イタリアにも良いところはあります。 少ないですが。 それらの中でイタリアの良いところを上げるとしたら3つ。
1 イタリアでは高速道路の追い越し車線は追い越すために空けられている。 後ろから追いつかれたら直ぐに走行車線に戻る。
これは日本で運転していると日本の運転マナーの悪さがとても目につきます。 走行車線がずっと空いていても、走行車線を走るのではなく、追い越し車線をいつまでもそれも低速で走り続ける車が多いため、追い越しがしたくてもできないことが多々あります。 これは日本のマナーのとても悪いところだと感じています。
2 ハンディキャップが何かをイタリア人はよく知っている。 イタリアでは車椅子マークのついているパーキングスペースがあります。 そこに停めることができるのは、所轄から発行された身体障害者マークをつけた車だけ、です。 またスーパーの入り口に近いところにもこの車いすマークがありますが、ここに停める一般のイタリア人はほとんどいません(極々まれにいますが、まず見かけません)。 これはハンディキャップを負った人を支える、という国民性があるからだと感じています。 対して日本では・・・ あまりにもむちゃくちゃな状況に私も驚いたことが多々あります。 詳細は割愛いたします。
3 上記につながりますが、相手が困っていると自分から譲る人が多い。 これはイタリアに限らず欧州の国民性なのかもしれません。 例えば私の両親とロンドンに数年前に行きました時に、地下鉄では何も言わなくても座っていた若者たちが両親のために席を譲ってくれました。 同様の経験をイタリアでも多々見かけたことがあります。
次はイタリアと日本の物価比較をしてみましょう。
イタリアと日本を比較するときによく私が考えますのは、「換算レートではなく、対手取りのお給料でどうなのか」ということです。 例えば1Euroが日本円で95円の時と175円の時では換算レートが極端に違いますから「イタリアって安い」「イタリアって高い」となります。 ならば、いただける手取りのお給料に対して考えてみたらどうなのか、ということです。 例えばわかりやすい例で「日本では手取りのお給料が月に20万円」と平均的なイメージをしてみましょう。 この場合、ガソリンが1リットルで140円だとします。 同時期、イタリアでは手取りのお給料がおよそ1000Euroです。 そしてガソリンが1リットル辺り1.72Euroほどでした。 こう考えますと日本ではガソリン1リットルはお給与の0.0007%となります。 しかしイタリアでは0.00172%となります。 この数字を日本円の20万円に当てはめてみますと344円となります。 つまり、日本でガソリンが1リットルあたり344円の計算となります。 有り得ますか?
過去に日本の自動車雑誌において「イタリアの自動車が小さいのが良く売れるのはイタリアは駐車するスペースがあまりないから小さい車がよく売れる」という記事を読んだことがあります(その記事を書かれていたのはイタリア在住の日本人の方でした)。 読んでいて、驚いてしまいました。 そんなわけがあるわけありません。 もし「駐車スペースの問題」ならば、土地の有り余っている地方の人までもなぜ、皆、小さな車に乗っているのでしょうか? おかしいですよね。 それではまず、イタリアの実情からご説明いたしましょう。 このページの上の方に簡単に記載している内容をもう少し詳しく説明してみたいと思います。 イタリアでは日本のビッツがヤリスという名前で売られています。 また日本のマーチがミクラという名前で売られていますのでこれらの車で簡単に比較してみましょう。 日本ではこれらの車両が新車でおよそ80万円から100万円のスタート価格で購入することができます。 お得セールではもっと安いこともありますが、一般的な例としてみました。 つまり、日本では手取り20万円ですと4-5ヶ月分のお給与で新車が手に入る計算になります。 対してイタリアではどうでしょうか? イタリアではこれらの車は9500-11000Euro程度からのスタートです。 となると単純に計算して手取りのお給料の10-11ヶ月分の価格、ということになります。 よってまず車両価格自体がとても高い、ということです。 もちろん、車のローンも日本は1%ローンなどですがイタリアは既に記載しておりますように6%以上のローンですからローンもイタリアはきつくなります。 車両価格の6%増しとなったら100万円の車に対してざっと最低でも106万円の支払いとなります。 次に中古車はどうでしょうか? イタリアでは中古車価格が下がりません。 特に小型車は幾ら待ってもさがってきません。 5年落ちで12万キロ走行の上記のヤリスやミクラなどはだいたい4000-5000Euroします。 これはおかしなことです。 イタリアでも経年によって車両価値は落ちてきますのでイタリアではクワットロ・ルオーテという自動車雑誌に「目安となる中古車価格」が記載されていますが、それもかなり高めの価格となっています。 極端な話、実例として3年落ち20万キロ(2万キロではありませんよ)走行した車は車両価値は0のはずです。 しかしイタリアではこの走行距離の車であっても「まだ3年落ち」ということで新車の7割程度の価格で売られています。 有り得ません。 そこまで走れば修理、部品の交換、等々かなりの出費が予期されます。 しかしそれらは一切無視しての価格設定となっています。 よってつい昨日、シトロエンのC3という車の車両価格を調べました。 2002年式、走行10万キロで3500Euroなどがザラでした。 13年前の車でこの価格です。 驚いてはいけません。 これがイタリアの現実です。 つまり、イタリアでは「もともとの車両価格が高い」「中古車になっても価格がなかなか下がらない」「ガソリンが高い(軽油も今はガソリンとほとんど変わらず10セントほど安いのみです)」が三大要素となり、「買いたくても大きな車は買えない」という理由から小さな車を買わざるを得なくなってしまっています。 それに追加して「小さな車では駐車スペースを見つけるのも容易」があくまでおまけでつきます。 実際の話として、日本では例えば18歳ほどの若者が中古車をマイカーとして購入することは極々普通のことです。 18歳にして自分の車を持っているというのは今日び、決して珍しいことではありません。 しかし上記のようにイタリアは車両価格が高く、また中古車も高く、燃料も高く、という三大理由があるため、二十代半ばでも自分の車を持つことができない人がたくさんいます。 某自動車ディーラーに行きました時。 そこで働いている30歳ほどの若者が「見てくれ、今度新車を買ったんだ」というので見せてもらいました。 50ccのスクーターの新車でした。 50ccのスクーターであってもかなりの高額なため、自動車を購入できない本人としては思い切った出費だったのでしょう。
インフラについても少し記載しましょう。
幾つかありますが一番わかりやすい例をあげましょう。 まずイタリアで一番困ることは「宅配便に相当する荷物の配達」です。 日本のような「日時指定」は一切できません。 また「時間指定」は存在しません。 もし、出荷元のお店から「明日到着の予定」と言われたら(これはまだまともな方で、普通は配達日もいつになるか、全くわかりません)その日は朝8時から夕方の7時までまるまる一日家にいなくてはなりません。 集配センターに電話して何時頃の配達になりますか、と確認することもできません。 せめて時間指定ではなくても「午前中か午後」だけでも指定できれば良いのですがそれもできません。 なので荷物が届く、という日には丸々一日、家で待ちぼうけをくらう羽目になります。 そのため、イタリアでは少し賃貸は高めなのですが門番さんのいる、荷物を受け取ってもらえる物件に人気があります。 但し、門番さんの賃金が加算されて共営費が高くなるため、最近は門番さんのいない物件が増えてきました。 また日本の宅配便のように自宅まで引き取り、ということは基本的にありません。 あるとしても時間が何時になるか全くわかりません。 そのため、郵便局などに自力で持ち込むのが一般的です。 また日本の宅配便のように安価に送ることは不可能で、イタリア国内であれば、どんなに最低の安い費用であってもだいたい10Euroからとなります。 それも3日以内の配達、といったものであり、日本の宅配便網と比較することさえ憚れる内容です。 内容、金額、対応、どれをとってもイタリアの宅配網は日本のそれに遠く及びません。
私が日本を出ましたのが25歳の時ですのでいろいろとありましたが、はや、私の人生の半分以上は日本国外在住となってしまいました。 ここには書ききれないことも多々あります。 ただ、繰り返しますが、イタリアにはイタリアの良いところがあり、日本には日本のよいところがあります。 ですのでどちらの国が優れている、という判断は致しません。 ただ、長く住んでいるといろいろな経験をし、良いところも悪いところも見えてくる、ということです。 事実、私がイタリアでは「何があっても仕方がない」と何事も諦められるようになるまで、丸々10年がかかりました。 繰り返しますがイタリアは「何事も我慢の連続」です。 本当に忍耐力がないと、そしてどんなに理不尽なことがあっても笑ってやり過ごせるだけの元気がないと暮らしてはいけません。 例え相手が100%悪くても、決して本人は自分の非を認めないのは当たり前、いや逆にこちらが悪い、と言ってそれが当然、というのがこの国です。 それは仕方がないのです。 生まれ育った環境が全く異なるのですから日本の常識はイタリアでは通用しないのです。
ある時、路肩に駐車してお店に行って用事を済ませ、5分ほどで自分の車に戻ってきました。 すると私の車の表に二重駐車されており、全く出ることができない状況です。 仕方がありませんでしたのでクラクションを鳴らしました。 控え目に。 しばらく待ちましたが誰も出てきません。 今度は少し長めに鳴らしてみました。 全く誰も出てきません。 今度はもう少し長くならしてみました。 またまた誰も出てきません。 最後はずっと鳴らし続けました。 すると周りから「うるさい!」という声が上がりました。 しかし誰も出てきません。 結局私は30分!!も待たされました。 二重駐車することは非常識極まりないのに出てきたこのイタリア人は私に対して何にも言わずに車に乗り込んでいました。 私が一言「言うべきことがあるだろう?」というと「何が???」
また別の機会には表通りから私は駐車場に入りました。 その際、私の後ろから車が一台続けて入ってきました。 狭い駐車場で空きがなかったのですが、たまたま一か所空きがありました。 そこで私が車庫入れをしようと車のあたまを振って車のお尻をパーキングスペースに向けて斜めにした状態でバックギアーを入れました。 当然、その間は後続車は私の車庫入れを待っているものだと思いました。 違いましたね。 私が車庫入れしようとしてバックギアーに入れた瞬間にその後続車は頭から「私が今、まさに入れようとしているパーキングスペース」に突っ込んで停めてしまいました。 誰がどうみてもこれから車庫入れしようとしている、とわかる状態です。 ましてやバックのランプも私の車は点灯している状態です。 この状態で後から来ながら自分が突っ込んで停めてしまう考えが信じられません。 そこで私が下りて行って「どうして私が停めようとするスペースに停めるのか?」と言いましたらこの車のイタリア人女性は「あなたがどこかほかに停めれば済む話じゃない、何を怒っているの?」と。
ミラノ市内中心部でのことです。 中心部の極々普通の二車線の通りで私は自動二輪車に乗って、たった3メートルほどしか離れていない、道路の反対側の駐車場に入るために(左折するために)ウィンカーを出してちょっと待っていました。 もちろん、左折禁止でなんでもない、ごく普通の通りでのことです。 その私がウィンカーを出して反対車線側の車が途切れるまでのしばらくの間、私が待っている間に後続の車両は私の右側を次々にすり抜けていきます。 つまり、私と(同車線側の)歩道との間の車道を通り過ぎていきます。 しばらく待って、やっと反対側の車両が切れたのでバックミラーを確認して左折しようとアクセルを開けた、まさにその瞬間。 いきなり私の後方から来た自動二輪車が私の左折しようとした、まさにその左側から追い越しをかけてきて、その二輪車の右横面に私はぶつかってしまいました。 有り得ない! ウィンカーを出して左に曲がろうとして待っている車があったらその左側を追い越ししますか?? 普通、常識としてその右側を通り抜けていくのが当たり前です。 実際、他の車は私の右側面を待機中、次々に通り抜けていきました。 しかしこのイタリア人はなぜか、ウィンカーを出して待っていた私の左側(反対車線側)を追い越しかけようとして、私はその側面に当たってしまったのです。 なぜ、空いていた私の右側面がわを通り抜けなかったのか? そもそも、こんな市内で反対車線を追い越しする意味が全くわかりません。 相手は頑として自分の非を認めないため、最終的に警察を呼ぶことになりました。 警察ならばきちんとした判断ができるはずです。 しかし50分待ってやっとやってきた警察(イタリアでは警察が来るまで最低でも30-40分はかかります)は、私が悪い、というのです。 そこで左折しようとしていた私が悪い、と。 意味が全くわかりません。 そもそもここは左折禁止の場所ではないこと、ウィンカーを出して停まっていた車両の反対車線を追い越ししたら事故になることは子供でもわかること、等説明しましたが、警察の言い分は私がどこかに行ってそこから反対車線を戻ってきて反対車線側からその駐車場に右折すればよい、だから過失責任は私にある」でした。 誰の目にもどちらの言い分が正しいか、は明白です。 しかし、このように「無理が通れば」が起こるのがイタリアです。 後記いたしますが、「自分さえよければよい」という国民性、そして警察が「社会の規範・公器になっていない」を併せた私の実体験例です。
ある時、ローマで私の車両が故障しました。 いろいろな理由からローマでは修理は行わず、ミラノまで陸送してもらうことになりました。 車両はローマのACI(日本のJAFに相当)の駐車場に預けて、全ての手配を済ませて私は電車でミラノにもどりました。 それから数日後、ある日の夕方にいきなり「これから車を自宅に届けるから」との電話があり(前もっていつ到着なのかは全くわかりませんでした)、それから数時間後にミラノの私の自宅に私の自家用車が到着しました。 驚きました。 まずなぜか車のバッテリーが完全にあがってしまっていたこと、運転席側の窓が完全に空きっぱなしになっていたこと、おかげで雨にあたったのか、車内がかなり濡れていたこと、ついでになぜかフロントライトがぶつけられたのか、エンジン側に(内側に)めり込んでおり、なおかつフロントグリルが割れていました。 次にレッカー車から降ろす時。 普通ならば、レッカー車のウィンチを私の車につけてウィンチをそろそろと廻して車両をゆっくりと降ろします。 しかしこの時のACIの運転手はウィンチもなにもつけず、いきなり私の車の運転席に乗り込み、運転席側のドアーを開きっぱなしの状態でサイドブレーキを外しました。 私の車はシトローエンであり、車両の仕組みが特殊です。 つまり、エンジンがかかっていない状態では、ブレーキがスカスカで、一切利きません。 結果どうなったか。 車はそのまま斜めになったレッカー車の荷台から加速をつけて滑りおり、たまたま運転席側のドアーのところにあった電柱にドアーが当たってドアーがもぎれる寸前の状態となったまま、激しく車両後方にあったブロック塀に激突して停まりました。 私が彼が車両に乗り込んだ瞬間、「あ、ちょっと待って!」と言ったのと同時のことでした。 ローマで預けてきた車両が大破。 最終的にかなりの粘り強い交渉の結果、修理費は出してもらいましたが車輛が直るまでに約2ヶ月乗ることはできず、なおかつ修理したのは自社板金工場を社内に持つシトローエン・ディーラーでしたが完治はせず、今でも不具合が残っています。 イタリアに完全を求めることは無理なのかもしれません。 しかし、まずこれらの状況、全てが有り得ません。 そもそも前もって「いつ到着する」のかの連絡もなく、車両のバッテリーが上がって、運転席の窓が全開で車のフロントが潰されて自宅に到着。 幾ら「イタリアだから」と普段は笑って我慢する私でもこれには声もでませんでした。 有り得ないことが平気で起こるのがイタリアです。 そしてそれからその問題を解決するのに無駄な時間とエネルギーを費やさなくてはならない、のもイタリアです。
そうそう、そう言えば。 この車の以前に乗っていた車では、ミラノから500Kmほど離れた出張先で車が故障したため、そのまま現地のシトローエン・ディーラーに預けてレンタカーを借りてミラノに戻ってきたこともありました。 最終的にウォーターポンプ(エンジン冷却用)のポンプの交換となり、修理費は部品代と工賃を併せて800Euro(当時の換算レートでおよそ12万円!!)を支払い、一週間後に引き取りました。 その日の帰りでのこと。 車を引き取ってからわずか1時間半後の夜9時。 真っ暗な高速道路上でエンジンがオーヴァーヒートして完全に停止してしまいました。 苦労の末、5km走っては非常停止エリアに停まり、エンジンが冷めるのを待ち、また再度走りだし、また5kmほど走っては停止、を繰り返して延々、24時間かけて自力でなんとかミラノに戻って確認してもらったところ、ウォーターポンプの交換によるものかどうかは不明だが、冷却水がうまく廻らずエンジンがオーヴァーヒートしたとのこと。 過熱によりエンジン本体に異常が発生してるので修理は不可能でエンジンそのものの交換になるため、車輛は諦めなさい、とのこと。 すぐさま、シトローエン・イタリアに交渉いたしました。 しかし回答は「そのオフィシャル・ディーラーによる修理が原因で発生したのか、因果関係を第三者が確認する必要がある。 その結果、判明したとしても修理費が先方から出るかどうかはわからない。 そもそも第三者による検査のために約400-500Euro(7万5千円)程支払う必要がある。 との回答でした。 諦めました。 こうしてこの私の車両はたったの3ヶ月で廃車となってしまいました。 120万円がたったの3ヶ月で廃車になってしまいました。
本当にこれらは極々一例です。 全部実例を上げていましたらページが幾らあっても足りなくなってしまいます。 正直なことを言いましょう。 イタリアという国は「自分さえよければよい」という国民性なので仕方がありません。 しかし、日々、このように「自分さえ」というひとたち、割り込みは当たり前、他人の迷惑は全く顧みない状況を平気で起こして当たり前、が繰り返される日常を見ているとなんとも言えない気分になるのは事実です。 本当にここは先進国G7の開始国のひとつなのだろうか、と。 スペインのマドリッドでは横断歩道を渡ろうとしていたら車が停まってくれたことが何回もありました。 またエスカレーターの前では皆、きちんと行列を作って順番を待っていました。 確かにスペインはイタリアと違って先進国首脳会議には参加していません。 しかし同じ「ラテン系」と言われながらもそのマナーのよさに私はかなり衝撃を受けてしまいました。
イタリア人が謝らないのは米国のように裁判になると不利になるからではないのか、という質問もありました。 それは違います。 イタリア人は「自分は間違っていない」「自分が間違ったことはをいうはずがない」と思っているので決して謝らないのです。 そのため、ある程度の海外経験を積んだり、また企業のある程度の立場の方であれば、きちんと自分の非とすべきところは認識し、きちんとその点については謝ってくれます。 以下、ひとつわかりやすい実例を写真付きであげましょう。 各写真はクリックで拡大します。
これはイタリアの第二電電の大手、Tiscali社の突発トラブルの例です。 Tiscali社はイタリアのみならず英国などにも進出している、ヨーロッパでもかなりの巨大電気通信事業者です。 日本の第二電電系のように自国内だけに留まっているわけではありませんのでその点でも優良大手企業ということができるでしょう。 そんなTiscali社のトラブル例です。 2015年4月1日に突如としてTiscali社の回線が全て不通となりました。 このイタリアの新聞サイトでも Blackout や downという文字が大きく出ています。 タイトルは「イタリアのほとんどの地域でADSLが不通になった、というものです。 実際のところ、トラブルはイタリア全土に及び、ADSLだけではなく同日の朝の10時半頃から夕方の18時頃まで電話は全て不通、インターネット(ADSL)もかなりの地域で不通となりました。 さらにTiscaliのアシスタンス電話にかけても話し中ではなく、ツツツツ・・・という断続音が聞こえるだけでカスタマーセンターにさえ通話することができませんでした。 また別のテレコム・イタリアからかけても「その電話番号は現在使われておりません」の自動音声が出るだけです。 しかもオフィシャルなTiscaliのサイトもダウンしていて状況も全くつかめない状況でした。 そんな八方塞がりな状況であり、新聞にもTiscali Downと書かれている状況にも関わらず、この写真をクリックしていただければ実物大の写真をご覧いただけますが、最初の回答は「大したことない小さなトラブルだから」であり、二番目の回答は連続して「自然に起こった一時的なトラブルであって自分たちはもうやっているだよ」と言い訳の連続です。 自分たちは悪くない(「自然に起こったトラブルだから」)、これは企業として言うべき言葉ではありません。 常識的な企業であれば「お客様にはご不便をおかけして申し訳ございません。 今、復旧に向けて原因を究明しています。 今しばらくお待ちください」と書くべきです。 まずお金を払ってくれている顧客に対してその不便をかけたことを謝らない、ということは、このトラブルでの被害者は自分たちだ(余計な対応をしなくちゃならなくなってしまったではないか)、悪いのは顧客だ(そんなに文句を言うな! こっちの責任じゃないんだから)、ということになります。 というか、これがTiscaliに限らず、トラブル時においてのイタリアでの一般的な企業の対応です。 本当に冗談ではなくこのような対応はTiscaliだけではないのです。 トラブルは自分たちの予期しなかったことだ、自分たちは悪くない、というのがそのスタンスです。 当然、この使えなかった日の分の返金はありません。 この使えなかった状態における慰謝料も出ません。 これがイタリアン・クオリティなのです。 なお、繰り返しますがTisaliのサイト自体がダウンしておりましたので(これもあり得ないことです!)検索した結果見つかったTwitterとFacebookのTiscaliアシスタンスの模様を上げています。 イタリアではお金を払ってくれる人はお客ではありません。 ただの「自分たちのサーヴィスを使用しているだけの人」という認識なのです。 補足ながらイタリアでは光ファイバーはほとんど普及していないため、インターネットでの接続はほぼADSLによって行われています。
私が常々思うのは「その道のプロであれ」ということです。 スーパーのキャッシャーであれば、キャッシャーとしてお給与をいただいているわけですからキャッシャーとしてきちんとして働いて欲しい。 郵便局の窓口であれば、郵便局の窓口担当としてきちんと働いていて欲しい、他にも幾つもあります。 しかしイタリアではスーパーでキャッシャー同士がおしゃべりに夢中になってお客さんそっちのけ、なのはよくあること。 会計を間違えても謝りません。 お店に入っても店員同士でおしゃべりに夢中になっていてお客さん無視ということもよくあることです。 郵便局では窓口担当が正しい情報を知らず、隣の人に尋ねたり、上司に尋ねたりするべきところを勝手な自己判断で行い、結果として間違った料金を請求されたことがあります。 幸い、私が知っていたのでそれを指摘したのですが、本人は謝りませんでした。 もし私が知っていなかったらこの間違った料金を支払わされていた、ということになります。 なぜ自分の知らないことは同僚や上司に尋ねないのか、と質問しましたところ「自分の判断に間違いはない」。 結果的に間違えていてもこの言葉が返ってきたのですから・・・ 他にもまだまだありますが、国民性が異なるのですから仕方がありませんね。 何があっても大きな心で受け入れなくてはいけないのがこの国です。
このような話を日本在住の方にいたしますとよく「日本だって同じようなものよ」と言われる方がいらっしゃいます。 ならば「レントゲンを一枚撮るのに2週間かかりますか?」「エコーなどの検診の予約が3ヶ月先にならないと日本は取れないのでしょうか?」「手術をしてもらうのに1年待てますか?」「歯医者さんは全て実費で支払えますか?」(実際に私は日本への里帰りの際に100%自己負担で日本の歯医者さんに診ていただいております。 1回ごとにおよそ7000円支払っています。 それでもイタリアで見てもらうよりは遥かに安価です。 これで少しはイタリアの実情がご理解いただけましたでしょうか?) 「日本では税務署が1000万円の債権の差し押さえに来て、平気で2000万円を差し押さえていきますか?」 などの実例を上げると皆さん、言葉を失われます。 「日本だっていろいろと税金がかかるし」と更に言われます方には「でもイタリアの消費税が22%なのには敵わないでしょう? 基本的に生きていく全てのものに22%もの消費税がかかっているんですよ?」 遠い日本から見ている分にはイタリアはとてもよいところに見えます。 夢を見られるのは楽しいことです。 しかし現実はとても生きていくのに難しい国である、と言わざるを得ません。
また「私はイタリアに何十回も来た」と言われ、あたかもイタリアのことを全てわかっている、と言われるかたもいらっしゃいました。 しかしながらイタリアに何十回来られても、何百回来られても、それはイタリアに住んでいるのとは全く異なります。 イタリアに住むにはまず、大苦労の末にイタリアの滞在許可を取るところから始まります。 これがどれだけ大変なことか、まず、その第一歩もご存じないわけであり、大変申し上げにくいのですが、「イタリアに何百回来られてもイタリアのことはわかっているとは言えません」としか申し上げられません。 どこの国でもそうですが、本当に観光などで、若しくはお仕事で短期でいらっしゃるうちにあたかもその国のことが全てわかったような気になられるのではないのでしょうか? 実際のところ、私もイタリアに来た際、最初の1年は楽しいことばかりでした。 今から考えるとそれは何もかも目新しかったから、だと理解できます。
これからも私はイタリアに住んでいくのですが、ひとつ、言えるのは「イタリアにはいろいろな試練が待っています」ということです。 イタリアに夢をもっていらっしゃる方も多々いらっしゃるでしょう。 イタリアにお住まいで良いですね、と言われることもあります。 しかしイタリアでは本当に「日々、これ闘いの連続」「生き抜いてきました」という言葉が一番合っているように感じます。 これは長期に渡ってイタリアにお住いの方ならばご納得いただける言葉だと思っています。 私がイタリアに長く住んでいる間に日本にご帰国になられる方々ともたくさん知り合いました。 もちろん、それらの方々の中にはイタリアに住居を購入し、お住まいになられていらっしゃった方々もいらっしゃいます。 その一方で私の知人の中にもイタリア在住40年超えの方々もいらっしゃいます。 日本国外に住む、ということは日本国外在住者にとって常に「自分の将来」ということを自問自答していかなくてはならない問題なのかもしれません。 このようなことを考えるようになったのも、この国において沢山のかけがえのないイタリア人たちと、永久(とわ)の別れを何度も体験しているから、という理由によるのかもしれません。
イタリアに来られて住んでみたい、といわれる方にひとつだけ言えるとすれば。 「何事があっても自分の力で切り開いていくパワーがないと、この国で生活していくのは難しいですよ」となるでしょう。 ただ、イタリアは本当に良いところです。 物価は恐ろしく高いし、お給与もあまりよろしくはありません。 治安もあまり。 しかし、それらを差し引いても「イタリアは良いところだな」と感じるものがあるのがこの国の不思議なところです。
長くなりました。 50歳になった節目に思っていたことを書き連ねてみました。 イタリア、良いところですよ?
2015年4月初め追記
もうすっかり早いもので、このサイトを開設したのが1998年でしたから、そこから丸々丁度25年も経ってしまいました。 そして数日前に、当方が初めてイタリアに来てから丁度これも丸々30年を超えました。
その間に本当にいろいろとありました。 そして上記の最後の追記をした後にも本当に色々なことがあり過ぎました。 一番は、ほんの数か月前に、丁度25年ほどの長いお付き合いになっておりました、当方にとっては大切なイタリア在住の大先輩であり、またかけがえのない友人でもあった日本人の方が突如死去されたことでした。 本当にまさか急に亡くなられるとは夢にも思ってもみませんでした。
その他にも家のローンを完済したり、大切な伴侶であるフランカの身の回りにも大きな変化が幾つもあったり、私もイタリアの病院で手術を受けたり、他、本当にいろいろなことがありました。 幸いなことに私の両親は日本で元気にしており、私も健康でおりますのでその点では本当に助かっておりますが、ほんの数年前では考えも及ばなかったような事がここ続けておこり、例えばコロナによる生活の一変、ロシアによるウクライナ侵攻、それに伴う生活費の異常高騰、などなど。 おかげで以前は日本に一年に二回以上は(もちろん自費で)帰国しておりましたのが、コロナの影響もあったため、もうここ何年も日本に里帰りできていないような状況になってしまった、など、本当に以前とは大きく生活が変わってしまいました。
そんな中、本当にありがたい、そして幸いだな、と思うのは、古くからのお客様に引き続きごひいきにしていただいていること、そしてフランカと初めて知り合ってからもう27年になりますが、とても幸せな日々を送ることができていること、でしょうか。
もちろん、長い人生ですから良い事ばかりでもありませんし、これから何が起こるのか、は誰にもわかりません。 そして私のイタリアにおける「なんでイタリアに住んでいるのか」という根本的な理由そのものが完全に変わってしまいました。
実は今、イタリアは丁度このサイトを開設した25年前と同じように毎日のように漂着する難民問題に対面しています。 そしてこれはイタリアだけの問題ではなく、EUの問題ともなっています。 そしてそうしてやってきた不法滞在者による殺人事件などのニュースも流れています。 そういったニュースを毎日見るにつけ、これからイタリアはどうなっていくのだろうか、と思わざるにはいられません。
願わくば、これから以前のような平和な日常に戻ってほしい、と思う次第ではありますが、こればかりは一個人の願いだけでどうなるものでもありません。
以前、イタリアで当方と同じような苦労をしている日本人の方、同志だなあ、と感じ、何かあったらいろいろと相談話をできていた方々も、それぞれが日本にご帰国されて日本で新しい生活を始められていると聞きました。 私はまあ、これからもとりあえずイタリアに住んでいくのでしょう。
色々なことが多々あったイタリアですがこれもご縁なのでしょうね。 そしてそもそも考えてみましたら、私は「イタリア人(EU国民)と結婚」という安直な方法によって労働許可を取得しておらず、労働許可・永久滞在許可の取得も全て自分のちからだけ、で行いました。 そしてなにかしら、色々なことが起こるたびに本当に守られている、有難い、と感じることも多々あります。 こればかりは説明のしようがないので信じていただく必要もないのですが、本当に私は大切な伴侶と出会えたこと、守っていただいていること、の幸せに対して感謝せずにはいられません、と思う今日この頃です。
過日、私も58歳になってしまい、もう還暦も目前になってしまいました。 初めて日本を出てから人生の半分以上(33年)を日本国外で生きてきました。 さて、これから世界はどうなっていくのでしょうか。 イタリアはどうなっていくのでしょうか。 本当に沢山は望みませんから、少しでも兵器を使わなくてもよい世の中になってくれると嬉しいな、と思う今日この頃でした。
サイト開設から25年を記念して、そして私のイタリア生活から丁度30年を記念して。
2023年4月初め追記